平等は全ての善の根源であり、不平等は全ての悪の根源である。等しければ貧しさは無い。貧しきよりも、等しからざるを憂う。という格言がある。
1.貧困問題と取り組む開発論の系譜
(1).貧困問題対策に関する議論の変遷概観
欧米先進各国による帝国主義的植民地支配から独立した開発途上国各国は、人類学てきにも、気候的にも、運命論的に文化・経済が発展するとは見られておらず、未開発国、後進国等と称せられていた。搾取による貧困が、人間としての尊厳を奪い去っていた。欧米先進国と未開発国の格差は、想像もつかない大きなものであった。
第二次大戦を経て、独立を勝ち得た開発途上国で開発が始まった1950年代における開発途上国の貧 困をめぐる議論とその後の議論を支配してきた開発論は効率的な経済成長論に関する、2つの議論が影響力をもっていた。第一は「トリックル・ダウン効果」を期待するもので、経済成長が貧困を解決するものである。即ち、成長とは、経済の先導的部門が後続的部門を誘導・誘発して起こるもので、ある部門・ある地域が発展し、他の部門や他の地域が、それに追いつき追い越すというシーソー的な発展プロセス、不均衡発展の繰り返しが経済発展をもたらす。発展拠点を整備すれば、それにより誘発投資が導かれ経済発展が進む。このような経済成長を追及すべきであるというアプローチである。第二は「逆U字型仮説」という考え方で、経済成長の初期局面に於いては、所得分配の不平等化は避けられない帰結であるとの認識の下に、 開発途上国は所得分配の平等をとるか、それとも経済成長をとるか、という二者択一を迫るというものである。問題は、「トリックル・ダウン効果」にしても「逆U字型仮説」にしても、その後、40年以上経過しているにもにもかかわらず、未だに格差が埋まらず、所得分配の平等化を主張する声は満たされず、この開発経済学では貧困層の問題が解決しないことがはっきりしてきた。
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その後、所得分配の平等を求める理論は様々な形で生まれた。「従属理論」と呼ばれるもの、「BHN戦略」と言われるもの、更にはグロースポール理論、都市の開発効果理論、雁行型経済発展論等々多くの開発理論が発表され、それらに依拠した開発プロジェクトも多かったが経済的不平等や貧困解消という面から見れば必ずしも理論どおりの結果をもたらすことにはならなかった。
これらのいずれもその背景には、「成長を通じた再分配(Redistribution with Growth)」の議論があり、トリックル・ダウン効果に時間がかかりすぎるとして、否定し開発途上国の富裕層や官僚の既存の利害関係を改革し、急進的な所得、土地、資産の再配分を行なうことで貧困問題を解決し、また援助もそういう貧困層が直接裨益する分野に行なうべきだというものである。いずれも、貧困層への対策は再分配・平等分配の方向に進んでいくことになった。この理論においても貧困層は貧困から抜け出すことが出来ない結果となった。
1970年代半ばからは、ブレトンウッズ体制の崩壊、オイルショック等で世界経済は後退し、1980年代になると、途上国のマクロ経済運営は一層困難な時期に入った。累積債務問題が深刻化し、効率のインフレ、経常収支の赤字の拡大や財政赤字の拡大で多くの開発途上国経� ��は破綻状態に入り、貧困対策どころではなくなった。IMFは世銀と協力してマクロ経済安定化、構造調整政策を進めるために、「構造調整借款」を開始した。財政赤字の大幅削減を進める緊縮政策の始まりである。構造調整政策は補助金の削減、増税、物価上昇、失業増大等をもたらすため、弱者・貧困層を直撃することになった。
構造調整政策が成功し、持続的、長期的な経済発展を可能にするためには、マイナス・インパクトを緩和することが必要だとの認識が世銀などに高まり、構造調整政策を補完するため、社会開発政策として、構造調整の社会的側面(Social Dimensions of Adjustment)を考慮することになった。Social Safety Netの創設である。構造調整下の貧困対策手段としてソーシアルネットで検討すべき対象としては、@ 生計向上プログラム、A 活性化のためのインフラ整備、B 人的資源への投資等を提言している。
Social Investment Fund(SIF)は、こうした背景の中で、貧困対策手段として構築され、ソーシアル・セイフティー・ネットの一つとしての貧困対策のための直接的アプローチであり、新しい開発戦略である。
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(2).ターゲット・アプローチによる貧困対策(新しい開発戦略)
1970年代までの巨額の外資流入を背景とした経済成長によるトリックル・ダウンを望む時代は終わった。貧困問題への対応は、今まで見てきたように、過去の貧困アプローチへの反省の上に改良を加えてきているが、厳しい財政的制約のため、事業実施効率性の向上と貧困対策を同時に達成する必要が深刻化した。所得分配を求めるよりも、貧困そのものに直接的にアプローチする必要が生まれた。
直接的アプローチと間接的アプローチの特徴の対比表
直接的アプローチ 間接的アプローチ
実施方針 特定階層人口対象。人間中心。 資本効率追及とシビルミニマム。
実施方法 直接的 間接的(トリックル・ダウン期待)
予算配分 ターゲットへ重点配分 全国均一
対象地域 貧困地域特定化 全国or特定地域
対象事業 貧困層の直接的裨益事業 投資効率重視事業
利点 資源節約的&効率的。生活保護充実。 経済成長。
資源の効率的利用。
問題点 貧困層ターゲット(特定の社会的弱者、特定の貧困地域)選別の困難さ 社会対策としての効率性の欠如、政策実施効果の不確実性。トリックル・ダウン効果顕在化遅延。
世銀は1990年の「世界開発報告」で貧困をテーマにし、貧困対策を開発の重要テーマの一つとして、二つの戦略を提案した。一つは、貧困層の経済活動への参加の促進であり、もう一つは貧困層への投資の促進である。前者は、貧困層の持つ労働力を生産的に活用することを狙いとし、� �済の安定と成長を可能とする経済改革の推進であり、後者は初等教育、保健衛生、家族計画、栄養等を普及する、貧困層に対する社会的サービスの提供を増大することを想定している。この方針に沿って、世銀は貧困層をターゲットとした援助プログラム(Program of Targeted Interventions : PTI)を導入し、拡大を図ってきている。
このターゲット・アプローチは新しい直接的アプローチであり、所得分配の議論を回避して、貧困問題解消の効果的開発戦略となるものとして、焦点を当てられている。
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(新しい開発戦略=人間開発戦略の特徴)
開発戦略構成要素 戦略内容
開発方針 効率性に基づく経済成長と社会開発を通じた人間中心の開発(Human-Centered Development)の両立を目標(GNP拡大中心主義の否定)。
開発アプローチ 直接的アプローチであるターゲット・アプローチに基づき対象を特定の貧困層に限定した開発。
開発の前提 初めにプロジェクトありきでなく、初めに住民ありきが前提。
地域住民の地力の強化(エンパワーメント)
実施方針 住民あるいは民主的地域組織を主体とする参加型開発を重視
事業規模と効果 比較的小規模プロジェクトを地域の人材と資源を活用して、地域に合った形で実現。利益・効果も地域限定的。
利用する資源・効果 地域の人材と資源を極力活用し、地域に合うものを供給
環境・ジェンダー配慮 環境と調和し、ジェンダー配慮も極力実施
オーナーシップの所在 国家から村やコミュニティーに極力移管
持続条件 住民の自助努力
(3).人間開発戦略の実施方針
上記に見た通り、マクロ経済の悪化に伴う、緊縮財政の影響、および社会政策を行なう上での効率性とインセンティブの問題から転換が発生している。新しい開発戦略の実施方式は概要次のとおり。
項目 従来方針と変化した点
資源分配方式の転換 Decentralization: :中央政府主体から地方分権化へ
政策フローの転換 トップダウン方式からボトムアップを含む住民参加型・対話型方式へ
ガバナンスの転換 中央政府中心から地方自治体中心へ
分配政策の転換 Target Approach: シビルミニマム的貧困地域重点方式へ。都市主体の配分から貧困地域重点方式へ。
開発主体の転換 フルセット方式の政府中心型から民活中心・政府補完方へ
コストシェアイングの転換 中央政府集中から地方自治体の負担へシフト。地域住民が一部負担。
2.地域間格差と貧困
経済開発が進められる中で、1人当り所得は拡大するが、その中でも、不平等は拡大する。クズネッツの「逆U字型仮説」という状況である。これは開発と経済成長・発展の初期の段階では所得格差は拡大する。1人当り所得は成長につれ不平等は拡大するが、発展の後期段階では格差は縮小し、U字型を示すことになる、というものである。
経済発展につれて、国民の間の、貧困層の比率は減少してきているが、所得格差は縮小しておらず、逆に拡大している場合もある。国土全体を見ても、地域間格差は生じている。不均等発展でスタートしても、いずれそのうちには貧困層や貧困地域にも、発展の恩恵は波及していく、タイムラグだけの問題だ、� �いうことを信じていた。しかし、残念ながら、成長に伴うトリックル・ダウン効果や政治・社会の民主化は、経済システムの中からは自動的には生まれてこないことが過去の開発の歴史から証明されたと見るしかない。税制を通じて豊かな階層から移転して貧しい階層の所得を向上させようとする方法は必ずしも効果的に進んで来なかった。情報や市場が完全に自由で万民に平等であれば、また、市場が効果的に機能し要素市場が発展すれば労働者はより賃金の高い分野に移動し、資本はより金利の高い所へ流れ、生産要素は国内各地に自由に流れることになるので、要素価格は均等化し、分配は平等化するはずである。経済学はそれを期待している。それを実現している国があるのは事実である。しかし、そのメカニズムは多くの国には 現れてこない。富の分配は、経済成長論とは別の体系からしか生まれないのではないか。
開発独裁的な政府主導の経済開発はマイナス面が潜んでいた。自由化・国際化という市場原理に基づく経済開発も弱肉強食社会を生み出した。本来、保護され守られるべきであった弱者が、逆に国際社会の厳しい競争の中に放り込まれた。過去に理論的背景を提供してきたことは、貧困層・貧困地域を長期間、犠牲とし見捨ててきた。そして、今は参加型開発の時代を迎えている。参加型開発は根本問題の解決になるのか。それとも、単なる一時的な陽だまりの場の提供に過ぎないのか。私は、弱者保護的な参加型開発のままでは、いずれ問題は先送りされたままだと感じている。
地域間格差が発生する根本問題としては、@天然資源の有無、資本・労働力・土地等の賦存� �況、等の初期条件の違い、A地域間競争力の違い、B市場へのアクセスの有無、C開発政策の健全性の問題、D政治システムや人種・部族など民族構成の問題等があげられる。これらが、投資や資源配分、富の分配に影響している。
経済的な格差をなくすことは単純な因果関係ではない。悪循環要因は経済原理のみではない。地域間格差を生む悪循環要因を断ち切るのは、強い政治的な意思とか政治的な力関係の変化も必要となる。地域間格差の背景には、経済問題の他に、政治的、民族的な問題も潜んでいるため、公平な分配と格差の是正を実現することは容易でないことを理解しておく必要がある。
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